まりものひとやおやおしちのかけいのひ


 どれだけ切羽詰まって焦ってきてもあまり自分のスピードって変わらないものである

なので焦っても仕方がないよね と言うかその前にもっと速度アップする方法を考えておかないとダメだってことだよね 方法というか こればかりは修練かな 結局のところ何をするにも練習は必要で その練習って何のために必要かと言えば どれだけ正確に速く処理できるかということだろうから 普段からどれだけやってるかやってないかが今の自分のスピードに如実に表れるということだな ってなことは分かっちゃいるんだけれど それを今言ってもねぇって感じだよね 今必要なスピードは その前までに培われるわけだからね 今から始める練習の結果はこれから数ヶ月数年先にようやく結実するわけで 今日明日で多少何かやったくらいじゃ大して変わらない ただまぁたまに突然コツみたいなものが分かってスピードアップできる時もあるにはあるけれど それもでも練習の積み重ねの結果と言えなくもないわけだし やはり日頃からコツコツやるって大切なんだよね と思う今日このごろである 今さらだけれど 以前も書いたことがあるけれど おそらくね たぶん 練習なんか必要ないって人は本番も練習であって練習も本番なんだよね って言ってる意味がわからないか あとそういう人は練習を練習として意識してないということもあるのかもしれないよね そういうのいいよなー 僕の場合には練習は練習としてやっちゃう方だから あんまりそれを繰り返していると練習が厭になってきちゃうってこともあるんだよな このブログなんかは練習とは思わずに(というか練習というからには本番があるということだから 僕の場合には文章を書く本番というものはないわけで ってことは本番が無いってことは練習もないってことなのだよね)ただただ書いているだけなのでそれほど苦にはなっていないのだけれど いざ本業の方となると練習するのは結構苦痛かもしれないな というかどういう練習をして良いのか分からないってこともあるよね 本番でやることと同じことをしたからと言ってそれが練習なのかと言われるとそういうわけではないだろうし 練習には本番と違ったそれ相応のやり方があるだろう 良い練習方法を見つけたと思っても果たしてそればかりを繰り返していたからと言って必ずしも効果があるとはいえないだろうし それほど大した効果は無さそうだと思っていても 案外長いこと続けることで初めて効果が出てくるものもあるだろうし つまりは本番を経験して結果を出してみないことには練習の成果というのはわからないもので(もちろん本番で100%の力を出しきれるかどうかはその時次第だから 必ずしも練習の成果が出るとは限らないのだけれど) とすれば練習と本番を交互に経験できるという状況がもっとも成長しやすいのかもしれない とは思うものの これって例えば 高校野球などであれば毎日練習をして秋季大会があったり春季大会があったり あるいは夏の甲子園みたいなものがあったりと 定期的に大きな大会があったり あるいはそうでなくても他校との練習試合とか(練習と名がついてはいるけれど補欠の選手にとってそれは本番に近い状態だったりもするだろう) ことあるごとに結果を出すための機会はやってくるのだけれど こういうのって社会に出ると意外と無いものだよね 確かにあるにはあるけれど 定期的にやってくるってことは少ない 大きな会社だとそういうことってあるのかな? でも昇給のためのテストなんて聞いたことが無いし あるいは昇進のための定期的なテストというのもあまり聞かない(あることはあるのだろうけれど) 先日チェーン店のラーメン屋さんが各店の店長に独自のラーメンをつくってもらって その中からどれか一つをメニューとして採用する なんてことをテレビ番組で放送したりしていたけれど そういうことでもない限りは なかなかそれらしい機会ってやってこない とはいえ仕事っぷりは常に見られているし何かにつけて評価されていると考えると 逆に言えば仕事の間中ずっと年がら年中機会がやってきているとも言えるわけで とすればやはり練習とか本番なんて概念を普通の仕事に取り入れること自体間違っているのかもしれないなぁと思ったりもする スポーツ選手ならいざ知らず それ以外の普通の仕事をしている人間が本業の練習をするというのはもしかすると滑稽なことなのかもしれないな ただ スポーツ選手でもなく 普通の事務作業の仕事をしているわけでもない人間は そこら辺のところをどうすればいいのかなって思ったりもするのだけれど 自分のテクニックを磨くための何かは日頃から常にやっておかなくてはならないわけだし たとえばセンスという得体の知れない物に関してでさえ やはり常日頃からそれを磨いていないと(これこそ具体的にどうすれば良いのかよく分からない) すぐに感覚が鈍ってしまいそうな気もする ま 気がするだけでそうそう鈍るものではないのかもしれないけれど と ここまで書いてきて思ったのは 今こんなこと書いてる場合じゃないってことだな 今ぼくに必要なことは練習ではなくて目の前にある本番をどれだけ丁寧に正確に速くやり遂げるかということだものな ここでいつものように逃避して飯なんかつくってちゃダメだ 逃げちゃいけない とか言いつつでもやっぱりまずは腹ごしらえしないと仕事が出来ないから おもむろに台所に立って夜食を作り出してしまうわけだけれど



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# by shuttertripper | 2017-03-29 03:29 | 日常

うらせんけりきゅうきとみつやさいだーのひ


 桜も見に行けないままもうそろそろ4月になろうとしているのである

あと三日? 今日入れて四日かな? 何にしても今週末には4月になってしまうということに気がついて愕然としているわけだけれど 愕然としようが呆然としようが今さらもうどうしようもないよね 今年は桜の見頃はいつ頃になるのだろうな 今週末くらいには一度千鳥ヶ淵あたりに観に行ってみたいと思っているのだけれど 念のために満開の時期を調べておいたほうが良さそうだな と思って調べてみたら どうやらまだまだ満開になるのは先のようだ 千鳥ヶ淵の満開予想は今のところ来週の火曜日くらいの予想になっているし そもそもいま現在もようやく『一輪咲いた』と書かれてあったりするくらいだから じゃぁ先日の開花宣言は一体何だったのかと言いたくなってくるけれど でもその時は確かに標本木に何輪か咲いたのだろうな とはいえかなり時期がずれ込んでいるよね 気象庁の開花宣言が一週間ほど前だったから 満開までには二週間もかかることになるのか いつもそんなにかかったっけな? 今年は例年に比べてここ数週間の気温が低いから満開になるのが遅くなるのも分かるけれど にしても遅すぎるよね ま こちらとしては遅くなってくれたほうがありがたいのだけれど 来週くらいに見頃になれば かなり余裕を持って見に行くことができそうだ 夜桜見物とか花見(宴会の方ね)もしちゃおうかな とはいえ友人はみな忙しそうだし 誘っても来るかどうか分からないけれど もうずいぶん長いこと花見しながらの宴会(逆か 宴会しながらの花見が正解かな?)というのをしていないから この頃の夜の寒さとか忘れちゃってて準備もどれくらいしていったら良いのかとかよく分からないし 場所取りも以前どうしてたっけ? なんて感じで段取りとかもろもろ忘れちゃってるし あんまりそんなことばかり心配していると疲れちゃって面倒くさくなってやめちゃう なんてことになるのかもしれないな 準備万端にするのは大切なのだけれど あんまり心配過ぎるのも良くないよね それだけで疲れちゃう もっとこういう準備とか用意ってのは事務的に進めちゃうほうが良いんだよな 事務的にしかも正確にやれば短時間で準備は済むし疲れないし そっちの方が間違いも少ない ということは分かってはいるものの なぜか準備を終えて床に就いてから 『あ そういえばアレどうしたっけな? アレ入れたっけ? アレは要るのかな?』なんて考え始めちゃったりするのが悪い癖だ 遊びなら良いけれど 仕事でそんなことしてたらいつまで経っても準備は終わらないし寝られなくなってしまって仕事に悪影響が出てしまう 遊びも仕事の要領でやった方が良いに決まってるよな 仕事も遊びも出来ることなら疲れないほうが良い 子供の頃ってどうしてあんなに遊び回れたのかな ただ単に体力が有り余ってただけなんだろうな 大人になってから遊びにも体力がいるんだって気がついて それからだんだん遊びを控えるようになり始めてしまって そのせいでちょっとつまらなくなってしまった気がする 要は遊びで疲れなきゃ良いだけなのだから 要領よく遊べばいいだけなのだよね 出来るだけ効率的に遊ぶ って書くとなんだか仕事で遊んでいるみたいで妙な感じだけれど ほんのちょっと考えればもっと楽に疲れずに遊べるような気がしていて 疲れずに遊べるようになればもっとたくさん遊べるし その分だけ仕事にだって身が入ろうってもんだ 合理的とか効率的とか言うとそれだけで拒否反応を示されそうな気がしてあまり書かないようにしていたのだけれど(とか言いつつ結構使ってたかな合理的とか効率的とか言う言葉) 遊びには使っても良いんじゃないのかな より効率的に合理的に遊ぶにはどうしたら良いのか 時間は有限なわけだからね しかも仕事の時間は誰にとっても必要なわけだし 仕事に必要な最低限の時間はある程度は決まってくるし となると残りの少ない時間をどれだけ有効に使えるかが仕事の能率にも影響してくるのではないかと考えると やはり遊びは というか遊びこそは効率的に行うべきものなのではないか と思ったりもする 効率的にどれだけたくさん遊べるかが人生を決定づけると言っても過言ではないのかもしれない そう考えると僕は遊び方が下手だ(というかこれまでは下手だった) 遊びの時間をダラダラと過ごしてしまうせいで そのダラダラが仕事の時間にまで浸潤してきてしまう そのダラダラを払拭するのにまた時間がかかるから仕事の時間は当然長くなる 仕事が長くなると遊びの時間(だけではなく生活全体の時間)が短くなってしまうという悪循環 分かりきったことなのだけれど なかなかこのダラダラが払拭できないというか でも とにかくもっとスパッスパッと小気味よく時間を刻んで行きたいものだよね



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# by shuttertripper | 2017-03-28 03:28 | 日常


洗面台の上のミカンと洋なしの偶然の出会いのように。


by 寿限無(仮)

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購入観覧メモ

映画
『パシフィック・リム』
(2013/8/9〜)


『猫にかまけて』
町田康著
『大好きな本』
川上弘美著
『俺俺』
星野智幸著
『チェーホフの戦争』
宮沢章夫著
『時間のかかる読書』
宮沢章夫著
『創造的進化』岩波文庫
アンリ・ベルクソン著
『谷川俊太郎詩集』
『おかしな時代「ワンダーランド」と黒テントへの日々』
津野海太郎著/本の雑誌社
『猫を抱いて象と泳ぐ』
小川洋子著/文藝春秋¥1780
『ぶるうらんど』横尾忠則著 
『ロング・グッドバイ』
レイモンド・チャンドラー著
村上春樹訳/早川書房
『ナイフ投げ師』¥2100
S・ミルハウザ著/白水社
『ドラッカー名著集12
傍観者の時代』¥2100
ドラッカー著/ダイヤモンド社
『ドラッカーと福沢諭吉』
望月護著/祥伝社¥1890
『全訳-源氏物語-全五巻』
与謝野晶子訳/角川文庫¥740
『知的生産の技術』
梅棹忠夫著/岩波新書
『日日平安』
山本周五郎著/角川文庫
『若き詩人への手紙』リルケ著
『ゲド戦記』ル=グイン著

音楽
Weather Report
Daft Punk
奥田民生
相対性理論

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